■ One’s Way Part1(その1)
2017-10-22


今は廃刊となっている『月刊ニューサイクリング』誌の2013年11月号に掲載された作品です。
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カット:わが家One's Wayから車の通る公道に沿って、雑木並木の小径を整備中。小径は自転車および歩行者はもちろん、鳥や動物たちの道でもある。


■ 初めに御言葉

わが家の屋号はOne’s Way。日本語に訳すと「それぞれの道」といった感じだ。One’s Wayという言葉は、僕の妻が登録商標として所有している言葉だ。その「言の葉」を屋号にも使わせてもらった。一般的なビジネスモデルでは、ビジネスの具体的な形式・内容がある程度定まってから、それに名称を付与するであろう。しかし妻は違った。

「初めに御言葉があった。御言葉は神と共にあった。全てのものは御言葉によってできた。」
(ヨハネによる福音書第1章)

初めにOne’s Wayという言葉ができた。言葉ができたというよりも、妻の生まれるずっと以前からその言葉は存在していた。ある日、One’s Wayという言葉の存在に気付いたというか、あたかも深い心の無意識の層から引き出したかのように認識した方がよいかもしれない。

One’s Wayと発声してみるととても響きがよく、イメージが膨らみ、誰もが覚えやすい言葉だった。遥か太古の時代に繋がっているようだった。お気に入りの言葉になった。ビジネスだけに限らず、毎日の暮らしも含め、全ての日常が展開していけば良いと思った。その言葉を口ずさみ、流れながら、自然と導かれるものに従って生きていけば良いと思った。


初めに御言葉があった。御言葉は神と共にあった。神は山でもあった。御言葉は山と共にあった。ある人々が山に魅せられた。彼らは山に育てられた。山によってそれぞれの道ができた。その道を奇麗な道にしたいと思った。それは神を讃えることであると思った。樹木や花々を植えた。人々は樹木や花々が育つのを助けた。水の流れを整えた。橋を架けた。作業と休憩のための小屋を建てた。虫や鳥や動物たちがやって来てくれた。虫や鳥や動物たちも神であった。毎日が楽しいピクニックになった。毎日が道と共にあった。それぞれの道と共に。そんな道を、今日も僕は大好きな自転車で走ることができるのだ。


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