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昔、こんな話を聞いたことがあります。それは1は単数でそれ以上は複数ですが、2だけは双数という場合があります。そして双数の双は仏教でいうところの僧に通じるそうです。
人間社会において一人だと自分が食べたい時に食べ寝たい時に寝て勝手気ままに暮らすことができますが、二人つまり双数になったとき、ある程度相手と折り合いをつけて暮らした方が時間やエネルギーを無駄なく効率的に活用できる場合があります。時間を守ったりルールを守ったりすることは双数になって初めて生きてくるわけで、それが僧の修行になっていくという話でした。
ところが現在、経済界は無論ですが政治や外交全ての面でビジネス優先の流れが強まっているような感じがします。ビジネスつまりお金儲けを効率的に進めるためには、僧の修行とは真逆に双数や複数を全て単数に分断個別化するのが効果的です。各人が各自のペースで別々に行動してもらったほうがより時間やエネルギーを費やしてくれるわけですから、そこに利潤が生まれるわけです。
一人一人がマイカー、マイ電話、マイTV、マイPC、さらには食事の時間もマチマチでメニューもマイメニュー。時には食べる場所さえも各々外食。こうなってくると経済は活性化し、人はその状態を好景気と呼んでいます。
話は変わりますが、ヘンリーDソローがウォールデン池畔にて実験生活を行なった自作のキャビンには3つの椅子がありました。一脚は自分の孤独を慰めるため、二脚目は友人用、三脚目は社交用とのことでした。
私たち夫婦が結婚する直前、まず買い求めたものはKAKIに作ってもらった三つの椅子と一つのテーブルでした。一脚目の椅子は自分、二脚目は伴侶、三脚目は社交用のベンチ。そしてそれらは一つのテーブルを取り囲んでいます。このセットは永遠に分割不可能でありたいと願っています。